書く
忘れていたことがある。それは書くこと。書くことの楽しさである。
文字を一つ一つパソコンに打ち続けていた頃のあの楽しさ、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら、つたない文章を、つたないなりに考えていた頃のあのワクワク感、それでも何とか一文を完成させブログにアップし、自己満足の達成感に浸っていた、あの頃の自分は、いったいどこへ消えて行ってしまったのだろう。
自分は敵を作りすぎた。それも見えない敵を作りすぎた。知らず知らずのうちに自分は、道を歩いている時も、会社で仕事をしている時も、家でくつろいでいる時でさえも、見えない敵におののき、見えない敵と戦い続けて、やがてそれに疲れて、いつの間にか、何もするまい、何もやるまい、とそう考えるクセが身に付いてしまったのだろう。
自分は見えない敵を作りすぎた。
「敵」は、自分がかつて行った愚かな過去の記憶だったりもするし、上司のとげとげしい目線だったりもするし、時には家族の優しい言葉かけだったりさえもする。店員の冷たい態度、駅から向かって来るビジネスマンたちの乾いた足音、テレビで見た悲しいニュース、……。自分の心の中に入り込み、自分の感情に触れて均衡を崩そうとするもの、その全てが、自分にとっては敵なのである。
そんな敵と戦い続けて、ギャーギャー叫びそうになる気持ちを抑え続けながら、一生懸命平気を装って生きているのに、ブログなんか書いていられるものか!
それでも。
それでも、息をするのも忘れてしまいそうになるこんな世の中でも、忘れたくても忘れられない心のより所は、子供の頃から好きだった、文章を書くという行為なのだ。
誰が読んで、誰がどう思うか。
もう、気にするまい。
僕は、四十歳だ。
自分なんか、といじけるには年を取り過ぎているし、自分などは、と謙遜するにはまだ若すぎる。自分は自分、だとすれば、自分のことを、誰が見たのでもない自分のまま、小学生のように純粋になって、だらだらと書き続けて行こうではないか。
馬鹿になるのも忘れてしまいそうになるこの世の中では、もう仮面ライダーごっこも、ウルトラマンごっこも出来はしまいが、お面かぶってこの世の中を、祭りだと思ってはしゃぎ立てれば、少しは楽しく生きていけるのかも知れないし。
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